目次
「魔法がないと不便だよな」とつぶやく友人と歩く
中学生のとき
「魔法がないと不便だよな」
君が突然言うので頭のなかの数字が飛んでいってしまった。せっかく、雪道に足あとをいくつつけられるか数えていたのに。
「いや魔法がないと不便っていうか、もともと魔法はないんだから『不便』っていう言葉はおかしいんじゃない? 言うなら『魔法があったら便利なのになー』じゃないの? もともとあった魔法が消えちゃったみたいじゃんそれじゃ」
「お前はうるせえな。お前はほんとうるせえな細かいことをぐちぐちと。いいんだよ、魔法がないと不便なんだよ」
君はそれだけ言うと黙ってサクサクと雪道を歩いた。東京に何年ぶりかに降ったその日の雪は、僕達の学生服に白くまとわりついた。寒くて耳が痛い。吐いた息の白さが、雪にまみれて見えなくなる。
魔法がないと不便だよな
「鈴木君は転校することになりました」
僕が君の「魔法がないと不便だよな」に込めた意味を知ったのは、その少しあとだった。突然先生が言った言葉に頭が真っ白になる。「どういうことだよ」放課後、いつものように二人で帰っているとき、タイミングを見て詰問する。
「すまん」
「すまんじゃないよ。なんで黙ってたんだよ。いつ決まったんだよ」
「少し前」
「どうして」
君は言いづらそうに口をつぐんだ。もう雪の溶けてしまった道を見つめて言う。
「親が離婚するんだって。いったん母親の実家に帰る。たぶん、そのあともあっちいるって。はは、飛行機で2時間かければすぐだなんて、言ってたよ。もう2年ぐらい帰ってなかったから気まずいよ、おじいちゃんおばあちゃん。中学入ってからの2年ってでかいぜ。おれ小学生のころからめちゃくちゃ変わったのにさ」
君の言葉に僕はなにも言えなくなった。君はうつむいて、乾いたひび割れそうな声で笑う。
「はは、まあ、よかったのかもな。最近ずっと親の仲悪くて、なんか気まずかったんだよな。よかったよ。魔法がないと不便だよな。自分が望んだ結果にはならない。はは、名字も変わるんだって。鈴木なんてありふれた名字じゃなくなるから、よかったよ……」
「なんて名字になるの」
「それは……」
君は答えようとしてはたととまった。僕が振り返ると、驚いたような顔で僕を見ている。「どうしたの」僕が聞くと君は目をそらしてつぶやいた。
「教えない」
「は?」
「お前には教えないことにしたわ。いま決めた」
「いや意味わかんないんだけど。教えなさいよ」
「名字が変わったおれの名前を教えると、お前が知ってるおれが死ぬ気がするから、教えない」
君は歩き出して、振り返っている僕を追い抜くと僕を見もせずにつぶやいた。僕はまたなんて言っていいのかわからなくなった。
「君の言うことはいつもピンと来ない……」
普段の雰囲気を絞り出そうとして応えたが、失敗した。君は笑いもしなかった。僕は空を見る。雪は降っていない。念じても、降らない。君の背中は遠くなっていく。
2016年11月 東京で雪が降る
2016年11月、東京で観測史上はじめて11月に雪が降った。あれから20年近くが経った。鈴木君とは、あれから会っていない。連絡をとったこともない。でも雪が降るとときどき思い出すことがある。
「魔法がないと不便だよな」
あのときの君の言葉。雪道に足あとをつけて並んで歩いたこと。今回の雪は積もるほどではなかった。あの日のように、足あとはつけられない。でも僕は歩いている。あれからずっと歩いている。大人になっても、歩くことだけはずっと継続している。道に迷ったこともとまってしまったことも何度もあったけど、とりあえず、いまも歩きつづけている。
君もそうなんだろう。
雪はすぐにやんだ。僕らの背後には常に足あとがある。大きいのも小さいのも、立派じゃなくてもいびつでも。歩いた証を、どこかに残している。
「#ぶろぐのぶ」という企画に参加してみました
と、いつもと雰囲気を変えて書いてみましたが、こちらは、さかのうえのまろさん(@sakanoueno_maro)が主催されている「ぶろぐのぶ」という企画に便乗させていただいたものです。
その後「ぶろぐのぶ」は活動休止されてしまったようです。残念。
ぶろぐのぶとは 「#ぶろぐのぶ」のルール
ぶろぐのぶのルールは、
- ひと月に一度「3つのお題」が出される(のこさん、ぺこさん、さかのうえのまろさんが交代で出題)
- 必ずその3つのお題を記事の中で網羅
- 記事のタイトルの最後にハッシュタグとして「#ぶろぐのぶ」といれて、TwitterなどのSNSで検索しやすくする
というものです。
1月のお題 「大人」「雪」「継続」
まあそれで2017年1月のお題が、
「大人」「雪」「継続」
だったわけです。
私は最初ぺこさんと交流させていただいていて、そのときに見かけていて「へー楽しそうだなー」なんてのんきに考えていたところ、まろさんの記事を読んでいたら「だれでも参加していいよ」という雰囲気だったので試しに書いてみました。
ぶっちゃけた話
まあ、なんていうんですかね。なのでお題ありきなんですよね。だからぶっちゃけて言うと、
- 鈴木君が「魔法がないと不便だよな」と言った日に雪は降っていなかった
- そして私は2016年11月に雪が降ったタイミングでは外出していない
- もっと言うと鈴木君は「魔法がないと不便だよな」なんて詩的なことは言っていない
- 鈴木君のご両親は離婚もしていないし鈴木君は転校していない(したのは私の両親)
- そもそも「鈴木君」なんて友人は存在しない
です。つまりこの話ぜんぶうそです。ただ参加してみたかっただけなんです。
「どうせ書くなら『キーワードを一応盛り込んでる』程度じゃなく話にがっつり絡んでいるものがいい」
などと考えたのが誤りの始まりだったんです。
「魔法がないと不便だよな」の元ネタ
『2016年12月後半の一日一新』でちらっと書きましたが、最近星野源さんの「くだらないの中に」という曲にハマっていて、そこに「魔法がないと不便だよな」という歌詞が出てきます。
そこから拝借しました。気になる方はYouTubeに星野源さんの公式チャンネルがありますのでぜひ聴いてみてください。
事務所にランニングをしつつ向かっているときにふと思いつき、勢いで書いてみました。楽しかったです。ありがとうございました。
※「これブログか?」問題は自分のなかにもありますが未解決。